それは、読むことと書くことは作業が異なることだ。
中で行うことを怠っていた。
後悔させられることである。
真剣に文章と付き合うことを決意するいい機会だと良い
本当に良い文章を書ける道のりは長く険しいかもしれない。
それは、読むことと書くことは作業が異なることだ。
中で行うことを怠っていた。
後悔させられることである。
真剣に文章と付き合うことを決意するいい機会だと良い
本当に良い文章を書ける道のりは長く険しいかもしれない。
今まで愛用していた中古のパソコンが使用不可能になった。
4年以上も使用していたことになる。
ブログを作成しているこのパソコンとも別れる可能性はある。
ブログで掲載する以外に読書感想文などを書いてみようかと
試みてみるとなかなか難しい。
うまく書いてしまおうという意識がとても強くなってしまうからだろうか。
そんな時、小説を読んだり、別の場所へ行って気を紛らわそうにも気が紛れる
どころかどうしたらいいだろうかと自問自答を繰り返すばかりだ。
何かを表現するという行動をサボっていたためもあるかもしれない。
それまでのものの積み重ねは何をしても現れるが、焦りや気持ちが空回りしている時は
ほとんど成功しないと気づかされた。
常に積み重ね、型にはまらない生き方をする。
途中で辞めることなくただ淡々と生活することや時には羽目をはずすこともしないといけない。
そうすることで人生というものが分かってくる時があるのではと思った。
日本だけでなく、すべての国々でいえることだが、もはや専門の仕事一つでする時代は終了したといえる。
やけに日本は、自国と海外の失業率を比べたり、自国で起きているどうでもよい比較統計データを出して
おり、母国として恥ずべき行為だと思える。
今起きている問題の9割は、たまたま前まで取り上げられていなかっただけのことだといえる。
足の引っ張り合いや時流の速さを感じさせないような政策と偽善行為が気持ちを落ち着け、冷静に物事に
対応してみると金融危機崩壊以上の問題であり、これからの日本のベクトルの向きを決めかねないことだ。
大学を出てすぐに就職活動というやり方は多くの業界が絡み、お互いの利益獲得のためにしていることである。
少なくとも留年を経験してから失敗を繰り返しながらも考えてみたことだ。
日本脱出から個人開国という前向きな考え方になったのも日々自身で動いたためだ。
カメラマンとライターが出来るものとソムリエとシェフが出来るジャーナリスト。
どちらが人材として欲しいだろうか?
大学側の犬からの返事がきた。
1回目が文字化けされたメールがきたときは腹いせに送ってきたのかと
思ってしまうほどいらだつメール内容であった。
去年もそうであったが、確実に重要な状況の時に大学の犬から野暮用を
発してくるので相当の苛立ちが募る。
せっかくのスケジュールも台無しだ。
よくこの大学に留年してでも残ろうかと思ったものだと不思議に思う。
怒りのブレイクスルーの頂点を越えている。
とはいえ、去年の過ちゆえに今年も過ちを犯すところを冷静に見れるようになった。
そのへんは成長した証だといえる。
日に日に変化が激しいところを見ると自分がいかに遅れており、とんでもない時間つぶしに
追われているのかと先週から思い直して以来びっくりしている。
そして、自分の中のポリシーがまったく貫けていなかったかと痛感する。
ケータイやPCから自然のすばらしさと恐ろしさを感じるためにも野暮用はさっさと済ますことなのである。
どんな方向にいくにせよ一度決めたことを貫く意志、いかなる場面においてもしなやかな思考をもつこと。
ケータイとwebを必要以外に使用しなくなってからなんだか急に思い始めたことである。

たまたまなのだが、水に
ついての事を話す回があ
り、まるで今の状態を予
測しているような内容だ
。
80年代後半〜90年代前半
の漫画、ドラマは社会的
な内容が多く結構好きだ
った。
しかし、現在はなんだか
後味が残らないものが多
くなった。
社会と自然が漫画と小説
を超える事態が起きてい
るためだ。
各全国紙、地方紙の年鑑
とマイクロフィルムを見
ると、起こった国は違え
ど事象が若干似ているケ
ースがある。
現実は小説より奇なりと
いう言葉はバーチャルが
リアルを超えることは不
可能という言葉に等しい。
現在起きている事象が国
内だけの問題ではないと
いうのは金融危機と環境
問題が教えてくれたはず
だ。
まるでバラエティー番組
そのものの国Japan
の行く末は
もはや政治家に委ねる時
代ではなくなった。
そして、大衆でなく個人
の時代になっている。
格差という言葉は、所得
のことでなく情報をいか
に瞬時にキャッチ出来る
人と出来ない人がやれる
のかということである。
犬養毅が生まれた岡山県。
そして、今の政治の元を作り出した人物と
エヴァンゲリオンやHE
ROなどのヒット作を作
った人物がいる山口県。
過去を懐かしむことと歴
史を知ることは違う。
今を生きるため、いつの
間にか世知辛くなった島
国日本から海外へ開拓す
る選択をした僕なりの考
えである。
たまに時間がない時は2バックスタイルをとる。
バス乗り物に乗ると働く慣性の法則というものがある。
車が向かう方向の力とは別の方角へ向かう力のことだ。
法則として成り立つまでに様々なことを乗り越えなければならなかった。
重力も慣性も働く力と逆の方向へ向かうには力が必要となる。
このことを踏まえ、常に新しい道へ踏み込み、新しいやり方を追求するのだ。
オートメーション化されたのは産業だけでなく人間の生き方も含まれている。
自分探し、新興宗教に走る人々の心のキャパシティは時代とともに増加し、やがては欲望に飲み込まれ自我を失う。
そんな時代でも生活の中に希望を捨てずに日々生きようとしている人々がいる。
富とは何か。
幸せとは何か。
そして、人間はどこへ向かうのか。
新幹線内のみ使用できるというやり方のみだ。
頼みの綱であるfreespotエリアにあるシアトルズベストと国際交流センターはまだ開店しない。
ホットスポット内にスタバが消えたのがきがかりだ。
docomoと光フレッツは通るところを見るからに通信に関してはNTTが占めているため香港やフランスのようにwifiが発達しない足がかりになっていると思える。
もしくは、ケータイによる無線で事足りるために政策までに至らないのか。
どちらにしても日本のメーカーがスマートフォンに対して手をつけるのが遅すぎた。
通信、情報に限らず、あらゆる業界が後にまわればまわるほど不利な立場になることを認識していただいたい。
昔から金は天下のまわりものだといわれている。
かく言う僕も家族にクレジット分が足りない面を借りていやというほど身にしみて思っている。
詐欺師と卑下され、嫌な気持ちになったがしょうがない。
仕事をする、働くとなると自分が良いことでないと思っていても、企業、工場側のいうとおりにしなければ
雇用はおろか、そのあとのことをつけ狙ってくることも事例としてある。
たとえば、バブルで起きたことを調査しようとし、謎の死を遂げた人々など。
今回のリーマン・ショックをはじめ、金融が引き起こす正と負の波動。
僕は金融で起きた事件と産業以外に文化もしらねばならないと感じた。
まったく関係ないことだが、もう一度問い直す必要がある。
時代には、その時代ごとに様々な事象が起きている。
何事もない時代というものはひとつもない。
そのことを知って生きている人々はおそらくごくわずかといったところだろう。
江戸時代の時であれ、今であれ、時代の変化が何をもたらすのか自身で
考え行動した人々の割合はさほど変わらないのではないかといえる。
今、製造業をはじめとした各産業は多様化され、専門家でも把握しきれている人があまりいない。
そして、ベンサムのように社会事象を科学的に解明しようとする異なるもの同士を見る、組み合わせてみる
という、音楽でいえばリミックスの要素が欠けている。
合理的を嫌がる、科学を理解しようとする人の姿勢と何か関係するのだろうか。
なにはともあれ、やることは多い。
やることが多いと萎える時もあるので、そんな時は、夜の通りを歩きながら、景色を眺める。
何もないとこでそれが出来るとよけいに自然をいとしく思えてしまう。
自然、人間を壊し、利益追求のために産業が発達したのではなくもっとより面白い人生を送る
ために発達したのだと僕は思いたい。




そろそろ、学生生活も納め時とあり締め切り直前の作家よろしく,という生活をおくっている。
それにしても、蒸し暑い。
遅梅雨なんだろうか、それとも、南国日本への一歩を踏み出そうとしているのだろうか。
どちらにしても、何か変だ。
フランスのポンピドー前の店で購入したでかいホットドックと、岡山のパン屋で購入した小さなヒレカツサンドの値段が大差ない。
何か変だ。
昨日、作業をするため訪れた珈琲館で深夜に禁煙席にいたのは、僕以外に野郎が2人。
平日のためなのか、一杯のコーヒー代と深夜料金を惜しんでいるのか分からない。
若い女性の姿が見当たらなかったのが残念。
それにしても、何か変だ。
同じアジア諸国である韓国の仁川空港、中国の北京国際空港、香港の香港国際空港。
到着と出発の準備をしている人の中には仕事に勤しむ人やYoutubeやIpodなどで娯楽を楽しむ人、家族や知り合い、友人達と一緒に話しをして楽しんでいる姿を空港で見かけた。
国際線は24時間なので空港で働いている人々もいた。
一方、日本は物価、貨幣価値ともに高いが、どうなのだろう。
ごく一部の忙しい方々らを除き、低俗極まりないバラエティー番組でまったりくつろぐか、
「昔中毒者」の多い居酒屋、小料理屋で一杯ひっかけて愚痴のこぼしあいというところだろうか。
いや、出費を惜しんで、松屋やなか卵といった24時間営業の店で安い定職で済ましているのかもしれない。
海外へ行ったなんて言った人をボンボンと見るのだろうか。
ちょっとしたことをするだけで安く済むというのに。
やはり、何事も知ることからはじまるのか。
それをどうすればいいのか考える暇もないというのであればしょうがないかもしれないが、時間があり、何をすれば
いいのかわからないというのであれば体と頭をフルに使用してない、ということである。
どういう理由であれ、何か変だ。


ちょっと一息という感じで、お店情報です。
昨日、ブログで記載していた店についてです。 刷新する許可は店長であるナジさんから得たので書きます。
検索すると、住所が円山になっている情報がトップででますが、
円山でなく大供にお店があります。
ちなみに、メニューに飲み物が追加されてました(お酒はありません)。
マンゴー、グァバ、オレンジ各200円なり。
営業時間も土曜日が加わり、20:00からなんと22:00。
何度かお店を訪ねてみるとたまに地元の方以外に台湾と中国の西安出身の方に会います。
この日はインドネシア出身の学生達が10個ほどシャーウルマを購入して帰っていきました。
で、この日のシャーウルマは完売。
語学レベルがひよっこである僕には会話内容は理解できない。
表情を見てどんな感じのことを聞いているのかなぁ~、と観察するしかない身で。
お時間ある方、アラビアについて興味がある方は訪ねてみてはいかがでしょうか?
---------------------------------------
ナジ屋
岡山市北区大供3丁目1‐9
16:00~22:00
定休日 日・祝
---------------------------------------







それにしても、いかに準備をしたと自分では思ってはいても実際にそうなるということはほぼないと感じさせられた。
そういう自然の成り行きも大切なのだ。
しかし、どうもこういったことを受け入れようとしない人が多いと感じた。
現在、起きている事象をメディアや個人が伝えたもの、サイトやブログ内容が必ずしも正しいというわけではない。
やはり自分で確かめるのが一番なのだ。
本来、観光というものは理解するという意味である。
開発と経営戦略で色づけられた娯楽を楽しむためでなくその国の状態を知るためなのである。
だから、大きなキャリーバッグをひこずってやる殿様旅行なのではない。僕はこれ以降も旅をしようと感じた。
そのことにより、場数を踏み何かを表現するためのノウハウとスピードを蓄積したい。
開国は政府がするのではない。
何度もいうが、個人の行動から起こすことなのだ。