Wednesday, April 29, 2009

違和感

5月病という言葉がかつてあったのかというくらい動いている。
国の状態はマスコミにまかせておくとし、自身の周りの状況について書いてみよう。
未だに地方でたむろしていることもありとにかく落ち着かない。
都市にいても同じかと思われる。
で、気づいたこと。
いくらいい話しを聞き、良い本を読んでも行動しなけりゃ意味がない。
そういった類の本はうんざりするほど出ている。
それを今まで買っていたことは馬鹿げていると感じた。
出版社と著者の利益になるだけだ。
長生きをしたい、モテたい、お金を儲けたい、などの欲望は情報社会によってもたらされ、そのことを敢えて話さないでお金を得ようとしている愚者が山ほどいる。
こういうことを理不尽という。
表現すること事態が自由であるうちに言っておきたかったことだ。

Thursday, April 23, 2009

川のあるところ

先週の日曜日にいつもの無計画性の旅を実行し、さらに動き回っている今日この頃。
太陽も出ていたところ、昼間は熱いが夜は冷えるという砂漠のような気候にある岡山の街。
そんな中にある川はオアシスにふさわしい。



生まれ故郷である山口県は海と川がある。
川を通して、その先にある海を眺めたいという気持ちになるのはそのせいだろう。
もし、人々がかつて西京と呼ばれていた頃の状態から本当の都の状態である西京を
目指したいのであるなら、開発以前に現状を知り、意識を変える状態にすることが必要になる。
それは、観光だと言える。
様々なことを知り、そして、行くことで世界で遊び、文化に触れることで
理解へともっていくことが出来る。
そして、帰国後に自国を考える。
今の自分が言えることは東京の模倣を辞めること、日本人だけでなく、地域にいる、または、これから入国する海外の移民の人たちの意見と行動も取り入れていくことで変えていく形を
すすめる。
これは、政治家でなく一経営者でもない、無名の者の意見である。

Sunday, April 19, 2009

晴れと太陽の国






4月に入ってから夏の暑さを歩いている。
フィリピンのマニラほどではないが、水分と塩分、ミネラルが失われないように
しないと軽い熱中症にかかる人がいるんじゃないのかと思った。
今、6ヶ月の留年執行猶予期限付きである自分がいる岡山県は、「晴れの国」らしい。
気象観測データに基づいたものによれば、晴れの日が続くことが多いためだとか。
県民性は、[熱しやすく冷めやすい]。
鉄は熱いうちに打てというのだろうか、冷めたときに何かを起こそうという
人の割合が極端に少ない気がする。
去年、国内様々な場所で色々な人が話しをしていたが、イベントを起こすのがどうも
上手くないそうだ。
ところで、ジャマイカやスペインは「太陽の国」と呼ばれている。
かつて、スペインの植民地下であったフィリピンの人々はラテン系であったのでとても陽気だ。
音楽の中でも、ジャマイカやスペインの良い話題はよく出てくる。
そんなもんだから、思い切って買った光文社の「GO!IBIZA」というスペインのイビサ島の観光ガイドBOOKに掲載されている人たちを見ても本当に楽しそうに感じる。
そのわりに、新聞で掲載されることはよくない話題ばかりを掲載しているのが非常に残念。
海外へ行ったことのない人たちの不安をあおる話題づくりでないことをしたいと考え中。

Wednesday, April 15, 2009

モノとヒト

何らかの形で表現しなければ悩みとなる。
大小問わず、様々な体験をして気づいたことだ。
こういったことを日常生活で無意識に感じる人が少ないのか
あるいは、別の形で昇華しているのかと思うことがある。
モノを消費するヒトはヒトにより操作されてしまっているのではと個人の考えに過ぎないが
感じることが多い。
依存という言葉からたどればわかりやすい。
ケータイをはじめとした製品。
宗教、マスミーディアによるヒトの精神を商品として扱うもの。
ブログ自体に書くことも操作されてしまっているのではと思い、書くことにためらいを感じていた。
しかし、途中で考えが変わった。
日本人である自分が日本語で手書きの日記に書くというアナログの形であれ、ホームページやブログに書くデジタルの形であれ、一緒だと。
名前を出し、書く内容に責任をとることを承知の上でやることで、通りすがりであれ、
何かの気づきになってもらったらそれで良い。
そう思うととても気が楽になった。
しかし、ずぼらな性格である自分がこういった内容を書いていることが奇跡に等しいと感じるのはどうしてだろうか?

Wednesday, April 8, 2009

一服








先週は祖父と親戚の姉の誕生日を祝うため、大阪へ。
久々の馬油製品を使用した時、体のあかが消しゴムのように出た。
銭湯に行くか最低でも足湯をすることにしていたが、こんな具合になるとは思っていなかった。
久々に会ったおじさんと姉さんを見て、フィリピンを思い出した。
普通に話のネタにした。
その翌日は、竹がよく生えている山近くの寺に行ったあと、季節時になるとよく訪れる桜の木の下で花見。
考えてみたら、留年までの大学生活でここへ来たことは初めて。久々に盛り上がった。
p.s.ここからは、岡山でのこと。
4/9にナジ屋が開店します。
新店舗の場所は、変更されたのでご注意。
岡山市北区大供3丁目1-9
営業時間 月~金 
16:00~20:00定休日 土、日、祝

Tuesday, April 7, 2009

自己表現の時代

桜満開のこの季節。
どこでも良いので旅がしたいという気持ちが強くなる。
そして、挑戦したい気持ちも強くなる。
今、あらゆるブランドを求める生活になってしまった人でもこの気持ちがあったはずなのだ。
風の噂では、G20に挙げられた国に東京はなく、北京があった。
バーチャルとリアルの世界で狭く活動している人達の集まるところは東京だと思われているようだ。
実をいうと、東に偏っている社会に疑問を抱かざるを得ない。
都市は都市なりに機能を果たしていることは認識している。
そして、地方は地方なりの動きをしている。
しかし、日本の型枠にはまって出ようとしていない。
そのせいか、アイデンティティの崩壊が引き起こしているものが多い。
高齢者は福祉で労るというのは影でうまく糸をひいている気がする。
そういったものにハマらないようにするには、自己を表現することが必要だ。
煩悩を押し殺すのでなく、さらに上をいくことへ変換するマインドツールとなり、
時代を切り開くことへつながる。

Friday, April 3, 2009

Chain

旅が出来ない時は、必ず徒歩で移動することにしている。
文明の利器を使うまでもないからだ。
急いでいる時や高齢者はしょうがないかもしれないが。
国内と海外では変化の差があるのでつまらないなと感じることが多い。
つまらないというよりどうしようもないなと感じるのは
発電だ、持続可能社会だと中途半端なお祭り騒ぎの中、ゴミがある
のはどうしてだろう?
縁日でもそうだが、何かしらイベントをするとゴミは必ずでる。
そうでない日常生活のなかでもゴミは出る。
そのゴミの一部にある生ゴミを鳥だけでなく猫や犬、地域によってはそれ以外の生物が食べる。
それからどうなるか?
その答えは自分で確かめることが一番理解できることなのかもしれない。
それは、証明の答えを見て解けたのと、自身で考えたものでは理解の度が違うのと同じことだからだ。

Wednesday, April 1, 2009

洗濯と選択

最近になり洗濯をすることが少なくなった。
一般的に見て不潔だと認識されるかもしれない。
誤解ないように言っておくと、衣服と靴下は毎回変えている。
季節柄も関係しているのだが、そんなに洗う必要はあるのだろうか?
自身の身を洗うために風呂に入ることも同じことだ。
長風呂をする、全身浴をしてもかなりの短時間で済ます行為はあまり良くない。
シャワーも同じことだ。
足湯は良い。
ただ、方法を誤ると良くない。
どういうわけか、春になったというのにマスクをしている人の割合が多い。
花粉症の人もいるのかもしれないが気温の変化についていけてない人がいるのかもしれない。
最近になり何かをしようとする選択が早くなった。
ライフスタイルを変えた結果、決断力が身についたのだろう。
書籍見ただけではなく実行することを経験で知ったため出来たのだ。